- JST次世代/SPRINGに採択され、節税したいと考えている学生
JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(略称:SPRING)は、博士後期課程学生に生活費相当額と研究費を支給する制度です。
少し前から、個人事業主として開業し青色申告を行うことで、通常の白色申告に比べて大幅に節税できるという情報が出回っています。
確かに、節税対策を行いたいのは山々です。
筆者も採択者の1人ですが、まとまった生活費相当額が頂けるとはいえ支払いも多く、決して余裕はありません。
しかしながら当サイトでは、青色申告による節税はすべきではないと考えます。
なぜなら、
- 青色申告を行うことは制度のルール上許可されていません。
- 国税庁の通達によれば研究奨励費は事業所得ではなく雑所得に当たると判断できます。
むやみに青色申告を行うとJSTから大学への支援や、大学から学生本人への支援に影響が出て、大学の社会的な信用を失ったりキャリアに傷がつく可能性があります。
本記事では青色申告すべきでないと判断できる根拠に加えて、それ以外の(シロな)節税対策も紹介します。
- 筆者はSPRINGプログラムに採択された現役の奨励研究員です。
- 節税対策についてサーチし、大学の事務職員の方にも相談した結果、通常の白色申告をすべきと考えています。
※なお、本記事の筆者は税法の専門家ではありませんのでご了承ください。本記事は公開情報をもとに節税対策について考える記事です。ご相談の際は税理士先生や税務署、所属機関等に直接お問い合わせください。
JST次世代/SPRINGとは
2021年度より科学技術振興機構(JST)が「次世代研究者挑戦的研究プログラム(略称:JST次世代、SPRINGなど)」を開始しました。
JSTに採択された実施大学において選抜された優秀な博士後期課程学生に対して
- 研究奨励費(生活費相当額、返済義務なし)(180 万円~240 万円/年・枠)
- 研究費(通例40~70万円/年・枠:研究奨励費との合計額最大220万円以上/年・枠)
が支給され、そのほかキャリア開発コンテンツや採択者同士の交流の機会等が提供される場合があり、博士号取得を目指す学生にとって非常に重要なプログラムです。
JSTの資料1によると本制度の大目的は「優秀な博士後期課程学生に経済支援を提供し、自由で挑戦的な研究に集中する環境を作ること」です。
雇用関係とも、奨学金とも異なる制度です。
従来、博士後期課程学生が生活費を得る仕組みはほぼほぼ日本学術振興会(JSPS)の「特別研究員DC」のみという状況でしたが、JST次世代/SPRINGの開始によって経済支援を受けられる学生数が大幅に増加しました。
研究奨励費(生活費相当額)は課税対象
そんな本制度の、研究奨励費(生活費相当額)は課税の対象となっています。
所得の種類は「雑所得」です。
少し曖昧ですが、雑所得の定義について国税庁の説明を引用します。
雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得および一時所得のいずれにも当たらない所得をいい、例えば、公的年金等、非営業用貸金の利子、副業に係る所得(原稿料やシェアリングエコノミーに係る所得など)が該当します。
No.1500 雑所得(国税庁)
例えばアルバイトやインターンで支払われるお金は、通常は給与所得や事業所得にあたります。
雑所得はこれらとは異なる所得です(が、後述するように事業所得との境界が非常にあいまいです)。
この雑所得は、
- 毎年2月頃に行う確定申告の後、国税に対して納める所得税
- 毎年複数回に分けて住んでいる自治体に納める住民税
の課税対象です。
また、この雑所得があることで、採択者は保護者の扶養から外れて国民健康保険や国民年金に加入するのが通例ですが、それぞれ保険料を支払う必要があります。
光熱費、物価なども高騰しており、可処分所得は決して多くないのが現状。
よって、節税の意識を高く持つことは重要です。
既に発信されている節税対策の例
さて、節税対策について解説していきます。
かねてより研究奨励費(生活費相当額)を雑所得ではなく事業所得として計上し青色申告を行うことで大幅に節税できたという情報が存在します。
大まかには
- 個人事業主として開業届を提出し
- 複式簿記を行い領収書類を保存しておき
- 確定申告時に研究奨励費(生活費相当額)を事業所得として計上し青色申告を行う
というステップです。
青色申告とは、
一定水準の記帳をし、その記帳に基づいて正しい申告をする方については、所得金額の計算などについて有利な取扱いが受けられる
No.2070 青色申告制度(国税庁)
という制度で、最高55万円の特別控除が得られる制度です。
対象者は、事業所得、不動産所得、山林所得がある個人事業主です。
雑所得は含まれていません。
仮に研究奨励費(生活費相当額)を事業所得として計上し青色申告を行う場合、雑所得として計上し通常の白色申告を行う場合と比べて、課税対象所得が最高55万円減ることとなり、節税に直結します。
参考記事
青色申告すべきでない理由
しかしながら、青色申告による節税はすべきではありません。
なぜか。
理由① 制度のルールに「雑所得になる」と記載がある
JSTから各大学向けに発行されているQ&A資料には次の記載があります。
Q1-19 本事業による収入は所得税、住民税の対象となるか。
A1-19 学生への支給額のうち研究奨励費(生活費相当額)は雑所得として扱われるので、所得税、住民税の課税の対象となります。
次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)令和6年度公募 Q&A
事業所得が存在しない場合、青色申告はできません。
「雑所得として扱われる」と明記されているお金を事業所得として計上し青色申告を行うことは、
(万が一税務署が認めたとしても)制度の実施機関が許可していないお金の処理ですので、制度上の不正行為と判断される可能性があります。
まずは自身の所属機関の募集要項や規約をよく確認しましょう。
研究の世界では研究費不正が相次いでいます。代表例として、研究費の目的外使用(例えばTA給与の予算を学会出張に利用するなど)が挙げられます。
少額であっても厳しい罰則を受けてしまい、研究を続けられなくなったり、少なくともキャリアに傷がつきます。これは「犯罪や悪いことに使っていないから大丈夫」という問題ではない。
制度や実施機関のルールに従って正しく執行する必要があります。
本件は研究費の話題ではありませんが、許可されていないことを勝手にやる行動にはコンプライアンス意識が低いと言わざるを得ません。
不正行為は「知らなかった」「確認不足だった」では済まされないので、普段から事務職員の方々と密にコミュニケーションをとり、未然に防ぐことが重要です。
少しでも疑問や不明点があれば直接質問すべきです。筆者も大学の職員さんに相談してから判断しました。
理由② 国税庁の通達によれば、雑所得での申告が妥当
生活費相当額は果たして本当に雑所得なのでしょうか?
実際、事業所得と雑所得の境界は曖昧のようです。
明確化を図るため、2022年10月に国税庁長官より通達が制定されています。
事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。
別紙 所得税基本通達新旧対照表(国税庁)
とされており、その「社会通念上」の判断根拠については、
最判昭和 56 年4月 24 日では、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」と判示しています。
また、東京地判昭和 48 年7月 18 日では、「いわゆる事業にあたるかどうかは、結局、一般社会通念によって決めるほかないが、これを決めるにあたっては営利性・有償性の有無、継続性・反復性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費した精神的あるいは肉体的労力の程度、人的・物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点が検討されるべきである」と判示しています。
したがって、その所得を得るための活動が事業に該当するかどうかについて、社会通念によって判定する場合には、上記判決に示された諸点を総合勘案して判定することとなります。
雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説(国税庁)
とされています。
とくに、JST次世代/SPRINGには営利性・有償性がありません。
お金儲けをするため(営利)や、何かの成果物に対する報酬として支払うため(有償)の制度ではありません。
上述したように、生活費を支援して経済的な不安を払しょくし、自由で挑戦的な研究に専念する環境を作るための制度です。
よって、研究奨励費はJSTの見解通り「雑所得」と判断するのが妥当ではないでしょうか。
※なお、本記事の筆者は税法の専門家ではありませんのでご了承ください。またご相談の際は税理士先生や税務署、所属機関等に直接お問い合わせください。
レアケースとして自身で起業したり個人事業主として稼いでいる場合は事業所得があるので青色申告をしますが、
この国税庁の通達も鑑みると、事業所得が生まれるような事業は基本的に生計が立つような「本業」の規模になりますので、
よほど効率よく稼いでいない限りは、JST次世代/SPRINGの研究専念義務を怠っているとみなされる、あるいはそもそも他所での安定収入が240万円/年を超えると採用取り消しになりますので、
いずれにしてもJST次世代/SPRINGの採択学生が青色申告する、というシナリオはほとんど考えられないのではないでしょうか。
勝手に青色申告を行うと何が起こるか
上述したように、実際には税務署が事業所得と認めて青色申告を受理した例は存在するようです。
しかし、青色申告が認められず白色申告になったケースも存在します。
つまり、雑所得と事業所得との境界は、最終的には各税務署の判断になる可能性があります。
税法上の解釈はともかく、研究に携わる人間として重要なのは「制度」や「実施機関」のルールに反したりグレーな行為を行わないという点です。
青色申告を行うことそれ自体が問題なのではありません。
勝手なことを行うと
- 大学から採択学生への支援の停止・金銭の返還要求・将来の応募資格制限等の罰則
- JSTから大学への支援の停止・金銭の返還要求・将来の応募資格制限等の罰則
が生じるかもしれません。
もし仮に青色申告を行えるならば、所属大学と税務署の”両方”が認めた場合に限ります。
JST次世代/SPRINGでは一人前の研究者と同様に研究費等が支給されるため、研究者としての力を磨く貴重な機会になります。
それには自分で研究を主宰することに伴う責任、つまり、決められたルールの遵守、職員さんとのコミュニケーション等を通して、職に就く前からコンプライアンス意識を醸成するという側面もあるのではないでしょうか。
ルールの範囲内で行える節税対策
さて、青色申告での節税は行うべきではないとはいえ、節税の意識を高く持つことは重要です。
ここからは、シロな節税対策をご紹介します(複数の大学の資料やJSTの資料等を参考にしています)。
授業料・物品費等を経費として計上する
- 大学に納付した授業料
- 大学に通学する交通費
- 研究費で支出できない学会の年会費
- 研究奨励費(生活費相当額)で購入した文房具費
など、研究に要した費用は経費として計上し、その分は課税対象所得から差し引くことができます。
普段の収支状況を記録することや、領収書等の証拠書類を保存しておくことが必要です。
筆者は弥生会計の「やよいの白色申告オンライン」を利用しています。
- 無料の「フリープラン」… すべての機能が利用可能
- 有料の「ベーシックプラン」「トータルプラン」...すべての機能に加え、電話やチャットでのサポートが充実
から選んで利用できます。
簡単に始められてとても便利なのでおススメしています。
↓登録はこちらから!↓
(プロモーション)
社会保険料控除を受ける
- 国民健康保険料
- 国民年金の保険料
- 国民年金基金の掛け金
など、いわゆる社会保険料を払った分についても課税対象所得から差し引くことができます。
ほとんどの採択学生が当てはまりますので、領収書等はしっかりと保存し、確定申告時に忘れず申告しましょう。
対象となる項目一覧は国税庁から公開されています。
JST次世代/SPRINGでは、採択学生と大学やJSTとの間に雇用関係がなく、また保護者の扶養からは外れる必要があるため、フリーランスのような身分になります。
一般的な企業に勤める場合の社会保険や厚生年金には加入できず、国民健康保険や国民年金に加入することになります。
当然企業のように雇用主が半額を負担するということもなく、負担が大きくなりますので、控除は確実に受けましょう。
国民健康保険料の軽減措置を受ける
採択学生では当てはまる方が少ないと思われますが、自治体によっては所得が低い場合に国保の保険料を一部減免する措置が用意されている場合があります。
※所得の申告をしていることなど、適用を受けるには条件があるようです。
勤労学生控除について
勤労学生控除とは、働きながら納税をする学生への控除制度です。
(1)給与所得などの勤労による所得があること
(2)合計所得金額が75万円以下(令和元年分以前は65万円以下)で、かつ、(1)の勤労に基づく所得以外の所得が10万円以下であること
(3)特定の学校の学生、生徒であること
No.1175 勤労学生控除
のすべての条件を満たすことで27万円の控除を受けることができます。
JSPS(学振)特別研究員DCの研究奨励費は給与所得として支給されるため、勤労学生控除の対象となる場合があります。
しかしJST次世代/SPRINGの研究奨励費(生活費相当額)は雑所得に分類され、(1)の勤労による所得以外の所得が10万円を大きく超えていることから、勤労学生控除を受けることは難しいのではないかと考えられます。
参考:
特別研究員DCの研究奨励費が給与所得であることの根拠については議論があります。
下記の記事によれば、これが給与所得である根拠はなく、雑所得とするのが妥当だと述べられています。
まとめ
本記事では、博士課程学生への生活費支援制度であるJST次世代研究者挑戦的研究プログラム/SPRINGの研究奨励費(生活費相当額)について、青色申告による節税はすべきでないという立場から解説を行いました。
- 制度のルールに「雑所得で申告すべき」と記載がある
- 国税庁の通達によれば、雑所得での申告が妥当
という理由から、当サイトは事業所得として計上すべきではないと考えます。
また、ルールの範囲内で節税を行う方法として
- 授業料・物品費等を経費として計上する
- 社会保険料控除を受ける
- 国民健康保険料の負担軽減措置を受ける
の三つを紹介しました。
本記事が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。
※なお、本記事の筆者は税法の専門家ではありませんのでご了承ください。またご相談の際は税理士先生や税務署、所属機関等に直接お問い合わせください。
(編集後記)
本記事では一貫して青色申告による節税に否定的な立場をとっていますが、本来であれば研究奨励費は立派な事業所得として、あるいは大学が学生を雇用し給与所得として支払われるべきだと思います。
もちろん、学生本人にはそれに値する”仕事”をするという意識と、実際の成果も必要ですが。
一昔前に比べるとたいへん恵まれた環境であることは確かであり、筆者も採択された者として深く感謝しています。しかし、採択されても人や地域によっては、まとまった時間アルバイトをしないと生活がままならない方も多いはずです。
「科学技術立国」と謳っている国の博士課程学生の処遇として、到底十分とは言えないでしょう。
参考文献
- 次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING: Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation)~博士後期課程学生の挑戦を支援する~令和 7 年度 公募要領,国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)https://www.jst.go.jp/jisedai/spring/dl/fy2025/application-guideline-2025SPRING.pdf ↩︎
※リンク先サイトの内容について、当サイトは一切責任を持ちません。
コメント